投稿旅行記≪かずこ編≫

個人旅行、一人旅で1ヶ月の滞在をしたかずこさんのニューカレドニアでの 生活についてのエッセイです。長期滞在型モーテルでの人間模様や、 4泊5日のリフー島での貴重な経験が綴られています。

 

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 朝。すっかり居着いてしまった子猫に水を飲ませてから部屋の外に出る。今日も曇り空。サンドラがフロントでレジの計算をしている。

 私はサンドラに聞いた。「近くに学校はある?」「歩いて15分くらいよ。どうして?」「子供の写真を撮りたい。必ず日本からその写真を送るから。」「ナイス!グッド!!」

 場所はホテルの前の1本道をウエ村の方に向かってまっすぐ歩いていけばいいらしい。私は教えてもらったとおりに1本道をまっすぐ歩いた。すれ違う人、みんなが挨拶をしてくれる。すれ違う車からも片手をあげて微笑んでくれる。

 すっかり気分がよくなった私は道路沿いに木の杭を打っていた男の人達に自分から「ボンジュール!」と声をかけた。すると一斉に「コンニチハ!アリガト!」あんまりにも笑顔が素敵な人達だったので「フォト、OK?」とカメラを向けるとまたも一斉に「アリガト!!」と横一列にならんで肩を組みポーズをとってくれた。

 「メルシィ!」手を振って歩き始めた私に後ろから「サヨナラ!!サヨナラ!!アリガト!!」あまりにもいつまでも声が止まないので振り向くとまだみんな手を振っている。私も手を振り返す。

 またしばらく歩くと先の方で笑ってこちらを見ている女性に気がつく。近くまで行くと「カズコ、サヴァ?」私の名前を呼んでくれるのはリディア!こんなところで会えるなんて。嬉しい偶然。

「カズコ、どこに行くの?」
「学校で子供の写真を撮りたい。学校は近い?」
「カズコ、グッド アイディア!学校はここからすぐよ。」

 リディアはかわいい赤ちゃんを抱いていた。「セジョリ!かわいい。」と言う私に「メルシィ、カズコ。でも私の子じゃないの。この子は従兄弟。私はシングル!」赤ちゃんの手が小さくて柔らかい。リディアと赤ちゃんの写真を撮らせてもらう。私は赤ちゃんとリディアにビズをしてまた歩いた。


 やっと見つけた学校は壁に魚の絵が描かれていた。教室がふたつだけの校舎。とても小さいけれどたまらなく可愛らしい。でも誰もいない。今日はもう授業が終わってしまったみたい。がらんとした校舎を覗いてみた。誰もいないはずなのに子供達の楽しそうな声が聞こえる気がする。明日また来てみよう。

 そういえば今日はまだなにも食べていない。お腹も空いたし飲み物も欲しい。お店を探すことにして私はまた歩きだした。

 けれど本当になにもない。1本道と木、家、犬、ニワトリ、花。ホテルに戻ればいいのだけれどなぜだか戻れない。私はただただ歩いていた。

 道沿いにぽつんと水色に塗られた可愛い家が建っていた。広い庭に椅子を置いて並んで座っているおじいさんとおばあさん、そして3匹の犬がこちらを見ている。「ボンジュール!」私が言うと二人が手を振ってくれた。おばあさんがこちらに歩いてくる。3匹の犬も一緒に。

 大柄でふくよかな女性。一目で好きになってしまった。
「私はマルシェに行きたい。遠いですか?」フランス語会話の本を開いて尋ねる私に彼女は顔をしかめて「ロワン!遠い。」と答える。
「ア ピエ、、歩いて、、」と言うとさらに顔をしかめて「ロワン!ロワン!」

 こんなに歩いてきたのに、、、。仕方がない、ホテルに戻ろう。
「メルシィ、マダム。オヴォワー。」おばあさんは私の頭を撫でた。
「ノン、マダム。私はファラ。」
「メルシィ、ファラ。」

 ファラは私に何を欲しいのか、と聞いてきた。「水、パン、コーヒー、、、」ファラは目を丸くして私に聞いた。「おまえはお腹が空いてるの?」「ウィ。」と答えるとファラは後ろで見ていたおじいさんに私が言ったことを笑いながら説明しだした。成りゆきが分かったおじいさんは静かに笑って何度も頷いていた。

 ファラはやさしい笑顔で私の手を引いて家に招いてくれた。並んで座っていたおじいさんは親戚だ、と教えてくれた。そして小道をはさんだ隣の家がファラの家だった。ファラは「たくさん食べなさい。」と何度も言ってチーズとフランスパン、コーヒーをご馳走してくれた。

 言葉が通じないはずなのに不思議と気持ちが通じるのはなぜだろう。

 ファラはずっとにこやかに私を見ている。どこから来たの?誰と来たの?家族は何人?何歳?リフーは気に入った?ファラの質問に辞書やフランス語会話の本を開いてページをめくりながら返事を探した。自分の気持ちにぴったりした言葉が見つからなくてもなんとか言葉やジェスチャーで伝えてみる。ファラは何度も頷いて理解を示してくれる。

 そして会話の合間に何度も言うのだ。「もっと食べなさい。」「コーヒーのおかわりは?」

 ファラは隣の部屋から淡いブルーのミッションローブを持ってきた。胸元、袖、裾のレースが綺麗。「持っていきなさい。」私はびっくりしてファラの顔を見た。甘くておおらかな笑顔。そしてもう一度言った。「持っていきなさい。」

 私は受け取った。覚えたばかりの言葉が溢れる。
「ファラ、ヴ ゼット トレ ジャンティユ。」
 ファラ、あなたは とても やさしい。


 しばらくすると1人の少年がやってきた。私を見てびっくりしている。少年にファラが言う。

「ジョロワン、このジャポネーゼにビズしなさい。」

 少年は「ハロー」と言いながら照れくさそうにビズをしてくれた。近くで少年の顔を見たとき私は息が止まりそうになった。なんて美しいんだろう。私は今までにこんなに美しい子供を見たことがない。子供というよりすでに完成された顔だった。

 ファラに「こんなに綺麗な子、はじめて見た。」と言うと「その子は私の孫。その子のお父さんはドキンにある教会の牧師さんだよ。」

 学校の昼休みで戻ってきたジョロワンにファラが目玉焼きを焼いてテーブルに並べる。ジョロワンが器用にフランスパンにナイフで切り込みを入れて目玉焼きを挟み、ケチャップをかけて私のお皿に乗せる。そして二つ目はファラに。最後に自分。

 ジョロワンは9歳。とてもしっかりしていて思いやりも持っている。私はジョロワンが来る前にたっぷりとご馳走になっていたので苦しかったけれど、ジョロワンがおいしそうに食べるのを見ていたらつられてまた食べてしまった。

 ファラが私の手首を持って「こんなに手首細いのにたくさん食べるね。そんなにおいしいの?」と笑っている。「セ デリシゥ! とてもおいしい」と答えるとファラとジョロワンが顔を見合わせて笑っていた。

 「今日の5時にまたここに来なさい。私の娘が仕事から戻るから。 娘の車で一緒にマルシェに行きなさい。」

 ジョロワンに今の時間を尋ねると1時を過ぎていた。私はリフーに来てから時計を持たなくなっていた。時間が気にならないから。時間を気にしなくていいから。


 お礼を伝えて一旦ホテルに戻ることにした。さっき来た道をまた戻る。バッグにはファラがくれたミッションローブが入っている。

 学校を通り過ぎる。もう一度、校舎を覗いてみたけれどやっぱり誰もいない。すると車が一台、校舎の裏に止まった。降りてきたのは男の人と女の人。二人に挨拶をしてからここの学校で子供達の写真を撮りたい、ということを伝えると女の人が先生を呼んできてくれるという。

 なんとか伝わってほっとする。男の人が「写真は送ってくれる?」と聞いてきた。「ビヤンシュー! もちろん」と答えると彼は「ナイス!」と喜んでくれた。

 私が持っていたフランス語会話の本に興味を示すので貸してあげると彼はぱらぱらと めくって「ジャポネイ ディフィカルト、、、、」と呟いていた。

 彼の顔を見ているとなぜだかどこかで前にも一度逢ったことがあるような不思議な気がする。あんまりじっと見つめてもいけないけれど思わずじっと見つめてしまう。彼は本の最後のページを見て声をあげた。

「ファラ! ジョロワン!!」

 私は親しくなった人達には必ず名前を直筆で本の最後のページに

書いてもらっていた。そこにはアンスバタのモーテルのみんな、ヌメアで知り合った人達、オアシス ド キアムのリディア、ナタリー、サンドラの名前、そしていちばん新しく書き込んでくれたのはファラとジョロワン。みんなと出会った大切なしるし。

 彼は私を見てこう言った。「ファラは僕のお母さん、ジョロワンは僕の息子だよ。」

 先生がやってきて写真を撮ることを許可してくれた。

「明日の朝、またここで逢いましょう。」