投稿旅行記≪かずこ編≫

個人旅行、一人旅で1ヶ月の滞在をしたかずこさんのニューカレドニアでの 生活についてのエッセイです。長期滞在型モーテルでの人間模様や、 4泊5日のリフー島での貴重な経験が綴られています。

 

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 ホテルに戻ると昨夜出会ったフランス人のマルコとモモがフロントでくつろいでいる。「ゲンキデスカ?」日本語でマルコが言った。「ありがとう。元気です。」日本語で答えると二人の目がぱっと明るくなった。

「オハヨ!コニチワ!ドーモ、ドーモ!サヨナラ!アシタ!」
「ドーモ、ドーモ」がおかしくて私が笑うとモモが言った。
「昨日の夜、マルコと二人で日本語を勉強したんだよ。」

 昨日の夜、マルコの「ひとりで来たの?」という質問に私はろくに返事もせずに部屋に戻ってしまった。クリスチャンとの約束。そして私の中にある拭えない不安。

「昨日の夜はごめんね。」とマルコとモモの目を見て言う。マルコは「ノン、ノン。ノー プロブレム。」と笑ってくれた。そして「ロンガニ ビーチはもう行った?まだならリディアかサンドラに頼むんだよ。遠いから歩いては行けないよ。」「ジュ ボワ。 わかりました。メルシィ、マルコ!メルシィ、モモ!」部屋に戻ろうとする私をマルコが最後に一言だけ、と引き止めた。

「日本人はもうニューカレドニアに来ないと思ったよ。」マルコはまじめな顔で続けて言った。

「イル デ パンの事件はニューカレドニア全部の人が哀しい。でもリフー、マレ、ウベア、イル デ パン、本当に素晴らしい。メラネシアンはみんなとてもとても優しい。みんな日本人が大好きだよ。日本人はマナーも良くて静かで海を汚さない。僕は船の仕事だから本当にそう思ってる。ロンガニ ビーチも安全だよ。ニューカレドニアのフランス人もメラネシアンもきみに親切だろ?」

 私は何度も何度も判らない単語を聞き返した。絶対にマルコの言うことを理解しなくちゃいけない、と思った。

「ニューカレドニアに来てから毎日ハッピー。マルコ、モモ、ありがとう。明日、絶対ロンガニ ビーチに行くよ。」モモが曇り空に向かって手を振った。そのときモモが呟いたフランス語は私の知らない言葉だった。だけど「明日は晴れますように。」って言った気がした。


 ファラと約束していた5時。訪ねてみると家には誰もいない。「ボンソワール、、、、」何度か呼び掛けていると赤ちゃんを抱いた女性が庭の方からやってきた。その赤ちゃんもその女性もとてもきれいな顔をしている。彼女はジャクリーヌ。ジョロワンのお母さんだった。そして抱いているのはジョロワンの弟、セザ。

 ジョロワンとセザは似ているね、今日、ジョロワンのお父さんにも学校で偶然会いました、ファラにはとても親切にしてもらって、、、、つたない英語で話す私に彼女は言った。

「あなたはフランス語が嫌い?フランス語で話すのは嫌ですか?」私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。だけどジャクリーヌのこの言葉を絶対に忘れないでおこう。

 この日から私は積極的にフランス語を使うようになった。ビーチでもカフェでもタクシーの中でも本を開いて話した。発音が悪いから何度も聞き返される。けれど一緒に本を覗き込んで私が言いたい言葉を理解してくれる。正確な発音を親切に教えてくれる人もたくさんいる。

 出会えた人ともっと話がしたい。

「ジャスト モーメント プリーズ。」ジャクリーヌはそう言うと近くの家に住んでいるフランス人女性を連れてきた。

「ハロー、私はアンヌマリー。ジャクリーヌは英語が解らないので私のところにきました。私があなたをヘルプします。ファラは出かけています。ファラの娘は今日は帰ってこない。あなたはパンとお水が欲しいとファラから聞いています。私の車でマルシェに行きましょう。ウエ村まで行くのは遠いけど途中に小さな店があるから大丈夫。」

 アンヌマリーが車の鍵を取りに行っているあいだ 私はフランス語会話の本を開きいちばん伝えたい言葉を探した。どうしてもフランス語で伝えたかった。
「ジュ ヌ セパ コマン ヴ  ルメルスィエ。」
私がそう言うとジャクリーヌは「ウーララ!」と笑ってビズをしてくれた。そして言った。「カズコ、ア ドゥマン。 また明日。」


 アンヌマリーは2ヶ月前にフランスから来たばかり。今はリフーの高校で教師をしているのだと教えてくれた。買い物を済ませるとホテルまで送ってくれると言う。ホテルに向かう途中、私は彼女に聞いた。
「どうしてこんなにこの島の人は優しいのですか?」
 アンヌマリーは大きく頷いて言った。
「私もそう思うわ。」

 彼女はホテルの前に車を停めるとダッシュボードからペンと紙を取り出して名前と電話番号を書き込みこう言った。

「いつでも何か必要な物があったら電話をしてください。私が学校に行っているあいだこの車を使っていいですよ。リフーから帰ってしまう前に必ず電話をください。必ずまた会いましょう。私とビズするのを忘れないでね!」

 ありがとう、アンヌマリー。私は心を込めてビズをした。
「アンヌマリー、ジュ ヌ セパ コマン ヴ  ルメルスィエ。」
「ドゥ リヤン! どういたしまして。」

 ドアの前で待っていた子猫を抱いて部屋に入った。もう一度フランス語会話の本を開く。メルシィボクーでは言い足りない、心の底から感謝を伝えたいときの言葉。

『 ジュ ヌ セパ コマン ヴ  ルメルスィエ 』

 私の感謝はこの言葉で言い足りているんだろうか?