投稿旅行記≪かずこ編≫

個人旅行、一人旅で1ヶ月の滞在をしたかずこさんのニューカレドニアでの 生活についてのエッセイです。長期滞在型モーテルでの人間模様や、 4泊5日のリフー島での貴重な経験が綴られています。

 

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 オアシス ド キアム のフロントはバー、ラウンジ、レストランを兼ねている。だから夕方を過ぎる頃からは、活気がでてくると同時に少し騒がしい場所に変わる。

 赤い目をしてお酒を呑む地元の男達。メラネシアンの女の子を連れて呑みにきたフランス人。美人揃いのキアムのスタッフを目当てにやってくる地元の人や長期滞在客。彼ら、彼女らは時間とお酒の量に比例して声も態度もおおらかになってくる。

 できることならあまり長居はしたくない雰囲気。レストランで夕食を、と思っていた私は入り口で立ち止まってしまった。そんな私にすぐ気付いて手招きしてくれたのはフロアで働くリディア。とても明るくて働き者でチャーミングな彼女。私を見かけると、どんなに遠くからでも「カズコ!サヴァ?」と呼んでくれる。

 私の名前は発音が難しいらしくあまり名前を覚えてもらえない。だからリディアに「カズコ!」と声をかけられるたびに嬉しくなってしまう。他のスタッフや宿泊客が私のことをジャポネーゼと呼ぶと決まってリディアが言う。「ノン、ノン。カ ズ コ !」

 優しいリディアは静かでいちばん目立たない奥のテーブルをセットしてくれた。渡されたメニューをじっくり見たあとで「コースは高いからメインだけ頼んでもいい?」と伝えると「ウイ!」と気持ち良く答えてくれる。


 オーダーが済んで時間を持て余していると酔った客の会話から「ジャポネーゼ」という言葉が何度も聞こえてくる。からまれたら困る。早く部屋に戻りたい。すると見とれてしまうくらい美しい女性が私のところにやってきた。濃いオレンジのミッションローブがとてもよく似合っている。

「ボンソワール。ネーム?」
「ジュマペル カズコ」
「ビヤン!カズコ、ウェルカム!マイ ネーム ナタリー。」

 ナタリーもキアムのスタッフ。本当に美人揃いのホテルだと感心してしまう。そして彼女達はみんな温かい。背の高いナタリーは他のお客の目から私が少し隠れるような位置に立って、料理がくるまでの時間を一緒に過ごしてくれた。そんな優しさに私は滞在中ずっと包まれていた。

 美しいナタリーは 子供が3人いること、ロンガニ ビーチ、ドキンは素晴らしいこと、今の季節は少し寒いということを、単語とジェスチャーとくるくる変わる表情で教えてくれた。

 料理が運ばれてくる。小海老のガーリック炒め。日本で見慣れた小海老とは全然違う大ぶりな海老に嬉しくなる。リディアとナタリーが言う。

「カズコ、ボナペティ!」

 酔っていたお客達からも「ボナペティ!ジャポネーゼ!」私は振り返る。メラネシアン達が笑いながらグラスを高く持って乾杯のポーズをとっている。ただからかっているとは思えない、優しい表情が見える。私も思わず自分のグラスを持ち上げた。彼らに言う。「メルシー!」リディアが嬉しそうに私にウィンクした。


 食事を済ませ部屋に戻ろうとすると二人のフランス人男性が声をかけてきた。「マイ ネーム マルコ。」「マイ ネーム モモ。」二人はリフーの人達に船の乗り方を教えているという、キアムの長期滞在者。マルコが言う。「ユー、アローン?」

 クリスチャンと交わした約束が私を黙らせた。なかなか返事をしない私にマルコは「ユー、オンリー?」と再度尋ねる。

 クリスチャンとは私が泊まっていたアンスバタのモーテルのスタッフ。パトリスとの交代制でフロントの仕事をしている。いつもラジオから流れる音楽に気分を良くしているパトリスと、いつも口笛を吹いているクリスチャン。ラジオが聞こえればパトリス。口笛が聞こえればクリスチャン。

 ある日、リフー行きのチケットを見せるとクリスチャンが言った。「カズコサン、リフー、アローン?」「ウィ。」彼は頷いてからいろいろな単語とジェスチャーで私に約束をさせた。

「リフーは安全。みんな優しい。素晴らしい。でもひとりで来たことは言わないこと。アローン? ノー ウィズ ファミリー。判りましたか?」

 みんなダイレクトには言わないけれどイルデパンでの事件の傷みを忘れてはいない。 そしてこのあとリフー滞在中のあいだに私は何度かこの残された傷みを知ることになる。

 「モモ!」とリディアがお湯を入れたポットを持ってきた。長期滞在の彼らにはレストランでの食事は高すぎる。もちろん私にも高すぎるのだけれど。彼らはお湯を貰って部屋でヌードルを食べるらしい。ひとりで来たのか、という返事はおあずけとなり私は自分の部屋へ戻ることができた。「ボン ヌイ。おやすみなさい。」彼らもポットを受け取ると自分達の部屋に戻っていった。


 大きな庭にぽつん、ぽつんと建っているバンガローの部屋。トイレとシャワールームは別になっていて共に清潔。シャワーもたっぷりお湯が出る。大きな鏡が部屋に3枚。籐の家具、バンブーのベッド、かわいいベッドリネン。大きなテレビ。一目で気に入ってしまった。そしてその部屋の宿泊者は私だけではなかった。

 三毛猫に似た毛色の小さなメス猫。ずっと彼女が私に付き添う。部屋に戻るとドアの前で待っている。ドアが半分も開かないうちにするりと部屋に入ってしまう。猫アレルギーの私は何度も外に追いやるのだけれど、少しだけ開けていた窓から入ってきたり、部屋の外から切ない声で鳴いたりする。根負けしてドアを開けると甘えてすり寄ってくる。

 ベッドに寝転ぶ私のお腹の上に登って仰向けでゴロゴロ鳴いている。私がうつ伏せに寝ればぴったりと躰をくっつけて添い寝している。猫アレルギーで目が痒くなりはじめる。追い払ってトイレに行けば足下で待っている。シャワーを浴びているあいだはバスマットの上でおとなしく待っている。ドレッサーの前で鏡を覗けば一緒になって鏡に映る私を見ている。こんなに愛くるしい猫、ほかに知らない。

 もう追い出せない。

 ベッドに入ってフランス語会話の本をぱらぱらとめくる。『ヴ ゼット トレ ジャンティユ 〜 あなたはとても優しい』 明日、ナタリーやリディアたちに言おう。

 ヴ ゼット トレ ジャンティユ、ヴ ゼット トレ ジャンティユ、、、

 添い寝する猫を撫でながらいつのまにか眠っていた。

 これが私のリフー最初の夜。